2017年、北海道日本ハムファイターズから読売ジャイアンツにFA移籍した陽岱鋼。
台湾では国民的なスターで、巨人に移籍してから巨人グッズが台湾で人気だそうですね。なんでも陽選手の試合は台湾でも中継されていて、普段の番組より視聴率が4倍にも跳ね上がるのだとか・・・
ではそんな陽岱鋼選手はどのような選手なのでしょうか?また日本ハムからFA権を行使して移籍した理由とは?
プロフィールや昔内野手だった経歴と共に見ていきたいと思います。
陽岱鋼のプロフィールと経歴
名前ー陽岱鋼(よう だいかん)
国籍ー台湾
出身地ー台東市
出身校ー福岡第一高等学校
身長ー183cm
体重ー89kg
ポジションー外野手
スタイルー右投げ右打ち
陽岱鋼は台湾国籍を持つ台湾人プレーヤーです。
しかし高校時代を野球留学として福岡で3年間過ごしているのでNPB上では日本人扱いとなっています。
兄の陽耀勲(ヤン・ヤオシュン)は元ソフトバンクの投手で他の兄弟、伯父も野球選手、妹はバスケットの台湾代表というアスリート一家に生まれました。
プロ入り当初は陽仲壽(よう ちょんそ)という登録名を用いていましたが、2010年に日本風の読み方陽岱鋼(よう だいかん)に登録名を変更しています。
2005年のドラフト会議で北海道日本ハムファイターズ、福岡ソフトバンクホークスに指名されますが・・・本人は兄と同じ、そして高校時代を過ごしたソフトバンクホークスでのプレーを希望していました。そして一旦はソフトバンクが交渉権を引き当てたように見えましたが・・・実は王監督(当時)がくじの見方を間違えていたため本当は日本ハムファイターズが交渉権を獲得していた事が発覚。
また福岡でプレーできると歓喜の涙を流していた陽選手ですが、間違いが発覚した後は失望の涙を流していましたね。少し可哀想でしたが、日本ハムの交渉によって陽選手は北海道日本ハムファイターズでプレーする事が決まりました。
現在では北海道をとても気に入っているようです。
・台湾のアスリート一家に生まれる
・高校では福岡に野球留学
・ドラフト時、主催側の勘違いで涙
巨人に移籍した理由は?
2017年シーズンからはFA権を行使して読売ジャイアンツに移籍。
日本ハムから移籍した理由としては、日本ハム側が陽岱鋼をチームの構想に入れていなかったからです。
2016年は前半こそ不調だったものの後半戦では持ち直し、活躍はしていたのですが、故障率の高さと30歳という年齢、高騰する年棒という要素を考えて日本ハム側は陽選手に好条件での契約延長を提示する事はありませんでした。
日本ハムはお金にはかなりシビアで若手重視の環境なので致し方なしといった所でしょうか。
陽選手も「チームの事情は分かっている」と納得している様子です。
日本ハムがお金にシビアな理由は札幌ドームの経営も関わっているのでそちらも参考に→日本ハム球場移転①札幌ドームの問題点は?
・日本ハムは陽岱鋼を構想に入れず
・年齢と年棒、故障率の高さがネック
・日本ハムはこういう選手にシビア
陽岱鋼のプレースタイル、特徴は?過去にはイップスも
元々は内野手だったが・・・
陽岱鋼選手は元々内野手。高校時代や入団直後はショートやサードでプレーしていました。
しかし、「イップス」と呼ばれる心因性の運動障害に罹ってしまい、セカンドへの短い送球がコントロールできなくなってしまっていたのです。
イップスについてはこちらも参考に→野球選手に多いイップスとは?原因と4つの対策
ただ長い距離の送球は安定していたため外野手にコンバート。この采配が大当たりでした。
外野では俊足を活かして驚異的な守備範囲の広さを見せ、それと比例するように年々打撃成績も上昇。
いわゆる「フリースインガー」タイプで三振も多いですが、積極的に初球から甘い球をガンガン狙って振っていくのでホームランも多いです。
走攻守揃っているが特に守備範囲の広さに定評
2013年には47盗塁でパ・リーグ盗塁王を獲得、2014年には25本塁打を打ち、守備では4度ゴールデングラブ賞を受賞するなど走攻守三拍子揃った球界屈指のセンターに成長しました。
こちらはパ・リーグ公式の陽岱鋼スーパーキャッチ動画。
そもそも足が速いのはもちろんのこと、打球の落下地点を予測するのが異常に速く、大飛球でもフェンス際ギリギリまで走って捕球が可能なスーパーキャッチを良く見せるタイプの外野手ですね。
あの広い札幌ドームでセンターを務めていたのは伊達ではないです。
2016年は前半戦怪我の影響などで不調で守備数字も悪かったですが後半には復調。怪我さえなければ巨人でも間違いなく活躍してくれるでしょう。
・もともと内野手だが送球難で外野にコンバート
・走攻守揃った万能選手
・特に俊足を活かしたセンターの守備、打球予測の速さが強み