元打点王オリックス小谷野栄一のプロフィール!パニック障害も克服

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2017年シーズン、存在感を放っているオリックス・バファローズの小谷野栄一選手。

36歳を超えて完全にベテランの域に入ってはいますが、2010年に打点王を獲得した事があるほどの打撃は今も衰えを見せていません。

しかしこの小谷野選手はとある重大な疾病を抱えていた事があるのです。

今回はそんな小谷野栄一選手のプロフィールと現在では克服している病気について見ていきましょう。

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小谷野栄一のプロフィール!元打点王を獲得した実力!

小谷野栄一のプロフィール

出身地 東京都江東区

生年月日 1980年10月10日

身長 177cm

体重 88kg

スタイル 右投げ右打ち

ポジション 一塁手、二塁手、三塁手、外野手

小谷野栄一選手は1980年生まれ、リトルリーグの頃はあの怪物・松坂大輔選手とチームメイトだったこともあります。

創価高校で甲子園に出場、創価大学でも1年生からレギュラーとして活躍し、2002年のドラフト会議で日本ハムファイターズに5位指名を受けてプロ入り。

2014年にはFA権を行使してオリックス・バファローズに移籍しています。

小谷野栄一の魅力は打撃とユーティリティ性

小谷野選手は打撃と守備の両方で魅力を発揮する選手です。

打率はそこそこですがチャンスに強く、長打率も高いので得点の期待に直接バットで応えられる選手です。

日本ハムにいた2010年にはパ・リーグ打点王を獲得するなど記録も残しています。

そのいかつい風貌からパワー寄りのホームランバッターだと思われがちですが(実際パワーはある)、2012年には2番でリーグ最多の犠打を記録するなど細かい野球センスも持ち合わせています。

守備面でもサードとして3回ゴールデングラブ賞を獲得するなど定評があります。「全身をグラブにする」意識で守備をしているそうなので強烈な打球にも容易に対応できる選手です。

そしてもちろん守備自体上手いのですが、小谷野選手の守備において最も重要な特徴は「ユーティリティ性」です。

基本はサードですが、ファースト、セカンド(最近やってないけど)、外野を守る事ができます。日本ハムでは試合中にポジションチェンジを行うことも珍しくありませんでしたね。

小谷野が日本ハムからオリックスに移籍した理由は?

小谷野選手は2002年のドラフトで獲得されて以来、2014年シーズンまで12年間日本ハムファイターズに所属していました。

「生え抜き」と言ってもいい所属年数だったのですが・・・しかし2015年に小谷野選手はFA権を行使してオリックス・バファローズに移籍してしまいます。

理由は日本ハムの若手重視の方針。

小谷野選手自身はまだやれる手ごたえがあったそうですが、日本ハム側が当時まだ若かった中田翔選手をサードにコンバートさせたりするなどしたため「自分の居場所はあるのかな?」と感じ、ベテランでも必要とされるチームでプレーしたいとの意向から移籍に至ったそうです。

日本ハムは確かに若手を積極的に起用しますし、ベテランの査定には厳しい球団ですからね。しかし喧嘩別れという訳ではないので、いつか日本ハムに指導者などの形で戻ってくる可能性もあるかと思います。

重度のパニック障害を克服した小谷野栄一

小谷野栄一選手は実は2006年頃から「パニック障害」と呼ばれる病気に罹っていた事があります。

パニック障害は過度なプレッシャーや不安が原因で突然呼吸困難や嘔吐、めまい、頻脈などが発生してしまう病気で、肉体的に頑丈でも人によっては立てなくなるほどの症状が出る事があります。アスリートでも何人か発症している方がいますね。

小谷野選手も2軍で生活していた2006年、打席に入ると嘔吐感や動機が止まらず一時は外に出られなくなるほど悪化したそうです。

しかしコーチの「とりあえず打席に立つことを目標としよう」、家族の「いつでも帰ってきていいぞ」という言葉にも助けられて症状を抱えながらもなんとプレーを続けます。そして上述の2010年に打点王を獲得するなどの活躍を見せるのです。

今でも不安と戦う事はあるそうですが、重度の症状は克服しています。不安がある時は楽しめるチャンスが来たとポジティブに考えるようになったとも仰っています。

パニック障害になっても試合に出続けたというのはすごい精神力ですよね・・・パニック障害はまだまだ世間に完全に認知されたとは言えない病気ですから同じ病気持ちの人からしたら小谷野選手の存在は大きな励みになるでしょうね。

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